ブリティッシュ ロックなお話し

UK生活?We can have some tea。70’Sロック好きが綴る魂の 声にならない絶叫にも似た日々のたわごとへの誘い.....

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ジョセフィーヌ白滝

Author:ジョセフィーヌ白滝
イギリス在住。ブリティッシュ60s70sの音楽、ムーヴメントに憧れ渡英。当然ながら憧れた時代はすでに過ぎ去りし昔のおもひで。そのかけらを探し見つけてはにやにやする。趣味はその他、映画鑑賞、物作り、テニス。古いもの好き。苦手なことはカテゴリー分け。車にガソリンを自分で入れること。

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ロンドンは燃えている!!

カテゴリー「ブリティッシュな出来事」ということで、
ホンマにブリティッシュな出来事なんです。今回は。

昔も昔、大昔にあった出来事。
1666年9月2日に起こったロンドンの大火

「The Great fire of London」 について

みんなでイングランドの歴史をお勉強しましょう。

時は1666年、(666って数字。これどうよ。すでに恐怖。)
ロンドンでは Plague (ペスト)が大流行。多い時には1日に6000人が死に至っていた。
月曜日に咳が出ると、その週末には死んでしまうという、なんとも恐ろしい伝染病。

そんなさなか、9月2日。場所はロンドンのプディング・レーン(Pudding Lane)のパン屋から出火。乾燥したお天気が続いていた上に、東からの風にあおられ、火はあれよあれよという間にロンドンに広がった。セント・ポール大聖堂は焼け落ち、ロンドンブリッジも焼け落ちた。

業火から逃れるために人々はボートに乗ってテムズ川を渡ったり、貧しい人々は石造りの建物に身を寄せたりした。
火が隣から隣へと燃え移らないように、わざと建物を爆破してそれを防いだりもしたが、当時の家はほとんどが木製だったために、火は5日間も燃え続け、9月6日にやっと鎮火。

5日間も燃え続けた火は、なんと、なんとロンドンの5分の4の広さを焼き尽くしてしまったのでアール。
このような大惨事にもかかわらず、死者はわずか6人という驚くべき数字。
この大火災でロンドンにまんえいしていたペストもほとんど死滅した。
もし、このロンドン大火が起こらなかったら、ペストでもっと多くの人々が死に至ったに違いない。

そして、建築者サー・クリストファー・レンによって、ロンドン再建がはじまるのでアール。

二度とこのような火災が起こらないように町の再建は行われた。道幅が決められ、建物は木造禁止となった。

ロンドンの観光地の一つでもある、セント・ポール大聖堂はこの時、レンによって再建されたビルディングのひとつ。あと、ロンドン大火、再建を記念して建てられた出火元のプディング・レーンの近くの ザ・モニュメントなど。

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プディング・レーン。言うまでもなく、出火元のパン屋は跡形もなく、今や、オフィスに挟まれた地味な通り。

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プディング・レーンのすぐそばにある ザ・モニュメント。311段の螺旋階段を登ると展望台。遠くにセント・ポール大聖堂も見え、どれだけ焼けたのかよくわかる。311段はけっこうキツイ。

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セント・ポール大聖堂。入場料大人12・50ポンド。子供4・50ポンドってちょっと高すぎませんか~~??しかも大聖堂内、写真撮影禁止やし。。なので、外から写真を!


ロンドンを訪れた際には「The Great fire of London」ゆかりの地を歩き、大火により、ふるきは消滅したが、それにより多くを学び新たに飛躍していく町、人々の歴史の息吹に触れてほしい。

な~~~~~んてっ わかったような事、書いちゃってるけど、

これ、ぜーーーーんぶ、娘(6歳)の受け売り。
実はね、この秋、娘の学校の学芸会のテーマが「The Great fire of London」だったのです。
で、娘がね、実際にセント・ポール大聖堂とか、プディング・レーンとか見てみたい!!と言うもんだから、先週、ロンドン行ってきましたがな。ロンドン歴史ツアー。(ま、ほかにも用はあったのだが。)

それにしても、6人とか、6日とか、6000人とか、やっぱり「6」が・・・・恐・・


Cheekyマミーはね、14年まえ4年間ロンドンに住んでいたけれど、「The Great fire of London」については、大火事が昔にあったくらいしか知らず、セント・ポール大聖堂も行ったことなく、もちろん誰が建てたかなんて知りもせず、モニュメントだって地下鉄の駅は知ってても、その塔には行ったことはなく、ましてやプディング・レーンなんて聞いたこともなかったよ。
でも、こうして歴史を知ってその場所を訪れることの楽しさといったらどうだろう!!今までの見てきた風景がまるで違ったように見えてくる。
娘よ!こんなバカ親に教えてくれてありがとう。
またもや、娘のおかげでひとつ賢くなりました。

「The Great fire of London」と言えば、ロンドンズ・バー二ング London's burnig

ロンドンは燃えている!ザ・クラッシュです。
  
何をかくそう、中学の時リアルタイムで聴いてました。ザ・クラッシュ。アルバムも何枚か買ったなあ。前々回のロックな切手にもなってた、ロンドンコーリング 持ってましたねえ~~。「London's burnig」はアルバム「白い暴動」に入ってますね。 

中学の頃、ロンドンの大火などこれっぽっちも知らずに、ポール・シムノンのベースの位置が低いのがやたらとカッコイイだとか、そんなこと言ってたように思います。この曲で勉強になったのはイギリスでは、火事になったらダイヤル999ということ。

信じられないけど、ザ・クラッシュと同時進行で「たのきんトリオ」はマッチのファンだったな~~。あと、当時、学校オカルトブームで口裂け女とかね。、コックリさんとかも流行ってて、「ザ・クラッシュのコンサートに行けますか?」なんてマジで質問してたっけ。(爆笑)コックリさんにしてみれば、ザ・クラッシュってなんやねん!!??でしょうね。

恐るべし、ミーハー道!!

パンクロック道のおにいちゃんたちが聞いたらぼこぼこにされそう・・・

この曲、別にロンドン大火のことを歌った曲ではないのですけど、パンクバンドには珍しく、バンドのメンバーがミドルクラス出身なので、ちゃんとお勉強もしてたにちがいない。なので、この曲の背景には絶対「The Great fire of London」歴史のお勉強があるはずだ!!

では、○○年ぶりに聴いてみましょうか。なんだか、こっぱずかしーなぁ~~・・
↓  ↓  ↓


余談ですが、なんかの音楽雑誌のインタビューでギターのミック・ジョーンズが言っていました。
なぜアート・スクールに入ったのですか?という質問に

「なぜって、ロックスターになるためには、アート・スクールにまず入るんだろ?」

このノリ、マミーは好きだな。

←マミーのこのLPどこにいってしまったのだろう??


←あった、あった!!娘と同じ本。(小学生用)この本から学びました。ハイ。

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